1月11日

 昨日成人の日、私は去年脳梗塞で倒れた恩師が入居している介護施設を

訪ねました。お天気はよかったものの、風はこの上もなく冷たく、その風を

身体全体で受けながら、半年前にお見舞いに伺った時の先生の姿を思い

浮かべ、一人テクテクと冬の道を歩きました。私のこと、わかるかなぁ、

何かお話はできるかなぁ。意思の疎通は難しくなってしまったことを前回の

お見舞いの折にご主人からお聞ききし、今だに同じ状況だということを

知っていたため気持ちも何となく沈みがちでした。お元気だったころ

からよく絵本をお贈りして大変喜んでくださっていたので、手に持ったお土産の

紙袋に はお菓子と絵本が一冊入っています。

 外から来ると温室のように暖かく感じられる大広間。その一角に置かれたテ 

ーブルの前に先生は静かにすわっていらっしゃいました。「○○さん、お客さま

ですよ。」声をかけられた先生は私の顔を見ると、「ごくろうさま。」とうなずく

ようにおっしゃり、それからしばらく私のことを見たり、遠くを見たりを繰り返し

なにか伝えたいようにも見受けられ、じっと待っていましたがなかなか

言葉は出てきませんでした。

  そうだ、とわたしは紙袋から絵本の包みを取り出しました。前々から、先生

のお見舞いに行く時にはこの本を、と選んでおいた一冊です。包みを開ける私

の手に先生の手が重なりました。早く見たいわ、という先生の気持ちが伝わっ

て来ます。半透明のページに描かれた黒いシルエット。ページをめくるたびに鮮

やかなおとぎの国のなかまたちが姿を現します。

「きりの もりの もりの おく、そこにいるのは いったい だれ?」でみちびか

れていくおはなし、『きりのもりのもりのおく』(フレーベル館)。その3ページめを

わたしがめくった瞬間、「わぁ!」と先生が歓声をあげたのです。ピクニック中の

クマの親子がなかよくランチ中のページでした。先生のその反応にわたしはもう

ただただ驚き、うれしさでいっぱいでした。

 それから時間をかけて3回ほど繰り返して『きりのもりのもりのおく』

のページを最初から最後までゆっくりとめくり先生とながめました。本を閉じると

先生はその度に表紙に手を置きます。そして3回読み終えた時、不自由な

手で本を持ちあげて、背表紙を確認するようにご覧になりました。先生は

ちゃぁんとわかっていらっしゃるのだ、もうなんにもわからなくなってしまった

のでは、という悲しみは小さいけれども希望へと変わり、絵本を持ってきて

本当によかったと『きりのもりのもりのおく』に感謝しました。

 こんな場面が待っていようとは夢にも思わなかったのですが、先生に

絵本のちからはすごいんだよ、と教えられたような気がします。

先生はこんなふうにご不自由になってしまわれましたが、そんな

状況でありながらも、わたしに大切なことを伝えてくださっている、と

感じ、一人帰り道涙があふれました。

 

 

 

 

 

 

 

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